原爆ドームと平和公園 04/17/2006

昨日、広島はええ天気じゃった。昼から予定がなかったんで散歩がてら原爆ドームにでも行ってみようってことで行ってきました。
広島市にはえっと(いっぱい)川がながれとって原爆ドームも川沿いにあるんよ。川辺には絵を描く人、ギターを弾く人、芝生に寝転がっとる人などみんなそれぞれのペースでのんびりと過ごしとったよ。
原爆ドームいう建物のそばでこんな平和な風景を目にするいうんは何とも言えんくらい幸福な感じじゃね。
それからブラブラと平和公園に向かって歩いて行った。
こういう平和を祈る思いがこめられたオブジェが幾つかあって


↑これは中の鐘を鳴らす部分が折り鶴の形になっとる。
さらに歩くと原爆死没者慰霊碑が見えて来る。

正面に立つとアーチの中に原爆ドームが見えるんよ。
日本人も外国の人も、大勢の観光客の人々が慰霊碑に手を合わせる。
平和公園は原爆ドームと違うて人の手で作られたもんじゃけど、その場所に立つと不思議と平和を祈る気持ちになってくる。きっと人々の平和を祈る思いがいたるところに溢れているからじゃろう。
そして次は平和記念資料館じゃ。

よその土地の人でも修学旅行なんかで来たことがある人は結構おるじゃろおうね。昨日も学生さんがえっと(いっぱい)おったわい。
この資料館には原爆についての様々な資料が展示してある。
ここを訪れりゃあどんな人でも戦争のバカバカしさと平和の素晴らしさを感じることになると思う。
どんとな(どんな)理由をつけても核兵器を使うことに正当性なんかありゃあせんいう事が嫌というほど理解できるはずじゃ。それが理解できん奴は人間じゃないよ。子供の頃にここを訪れた人は火傷した人の写真や人形の印象が強烈過ぎて、そればっかり頭の中に残っとるかもしれんけど、そういう人はぜひ大人になってもう一度来てみてほしいです。
日々の生活の中で忘れがちな大切なものについて考えさせられるはずじゃけん。
そのあと来た道を帰る途中でワシは再び原爆ドームのそばで穏やかに過ごす人々の風景を目にした。この何気ない日常の風景がかけがえのないもじゃと世界中のみんなが気付いてくれりゃあええのにと思います。

おでんちゃんは阪神大震災に遭ったんじゃね。大変じゃったね。
震災にしても原爆にしても生き残った人がその教訓をいかして次の世代に希望をつないでいかんといけんよね!
震災にしても原爆にしても生き残った人がその教訓をいかして次の世代に希望をつないでいかんといけんよね!
'99の8月に広島に行きました。
(省吾の野外ライヴの時)
次の日に平和記念公園にも行った。
原爆ドーム。
一種独特の雰囲気があったのが印象的だった。
戦争の悲惨さは被害にあったことだけでなく
自分たちが犯してきた過ちも念頭に置いたうえで
後生に伝えていくべきだよね。
(省吾の野外ライヴの時)
次の日に平和記念公園にも行った。
原爆ドーム。
一種独特の雰囲気があったのが印象的だった。
戦争の悲惨さは被害にあったことだけでなく
自分たちが犯してきた過ちも念頭に置いたうえで
後生に伝えていくべきだよね。
野外ライブってあの庄原の備北丘陵公園のやつ?いいなー。
最高じゃったってワシの友達が言いよった。ワシは行かれんかったんよ、、、
色んな地域の人が観光とかで広島に来てくれてほんのチョットだけでも平和や戦争について考えてくれるのはいいことじゃと思います。
最高じゃったってワシの友達が言いよった。ワシは行かれんかったんよ、、、
色んな地域の人が観光とかで広島に来てくれてほんのチョットだけでも平和や戦争について考えてくれるのはいいことじゃと思います。
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昨年初めて行きました。
なぜ初めてかというと、やはり印象が強烈だったからです。
怖いという印象が強くて、なかなか行く事ができませんでした。
でも大人になったことと、何より阪神大震災に遭ったことが大きかったです。
災害は仕方ないけど、人災は許せないという気持ちが芽生えたからです。
阪神大震災で多くの人が亡くなったのを目の当たりにした時、原爆はどんなだったのだろうって考えてしまいました。
昨年訪れた時、ドームと記念館の間の道で涙が止まらなくなりました。
一瞬で地獄になる光景を想像すると胸が苦しくなりました。
目を背けてはいけない風景だと思います。
昨年は2回広島を訪れました。
2回行って広島が好きになりました。
広島の人たちは強く、暖かな人が多いと感じましたよ。
長々と書きこんでごめんなさい。